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長谷川 圭介 研究テーマ


主に波動を、直近では超音波を用いた物理情報システムの開発の研究を行っています。
我々の世界におけるほとんどの空間を満たす媒質であるところの空気について、これを局所的・遠隔的に計測制御することはこれまであまり工学研究の対象とはされてきませんでした。
しかし、例えば空気の流れを遠隔で自在に操作できれば、環境中の匂いを遠くの人にピンポイントで伝えたり、部屋の中の温度の分布を細かく制御することで空調の効果を高めたりなど、これまでにない応用が実現する可能性があります。
また、特定の時空間パターンを持つ超音波の場を環境中に生じさせることで、音を用いた情報通信やデバイスの自己定位などの応用が実現されます。
我々は波動という物理現象の時空間的な制御性の良さ、および空気を伝わる波動すなわち音波による媒質との相互作用に着目し、「うまく設計された音の場を作る」ことによる解決を目指しています。
より具体的には、「所望の機能を達成するような物理現象を引き起こすにはどのような超音波の場を設計すべきか?また、そのような音の場をいかにして生成するか?」といった観点から主に「音場の設計問題」として問題をとらえ、本研究室の研究の柱である「逆問題論」による解法の構築を目指しています。
様々な空間的特徴を持つ音の場を作る道具として、個別に出力位相・振幅を制御できる多数の正弦波音源の集合体である「超音波フェーズドアレー」を主に利用しています。
上記研究に加え、ヒトを対象とした感覚情報提示の研究も行っています。特に、触力覚における情報提示を主な対象としています。



音波が作る体積力場による気流場遠隔制御

空気中を音が伝わるとき、音に引きずられて気流が発生する現象が知られています。これは音響流と呼ばれる非線形音響現象ですが、日常における音の大きさではほとんど実感することはありません。物理的には、音響パワーに比例する体積力がその場の空気に対して発生するというモデルで考えられることが多く、これに従えば局所的に強い音の場が存在すれば空気が音によって加速することで流れが発生すると理解できます。
これまで直線状のビーム(ベッセルビーム)や円弧状のビームを作ることにより、空中に独立した細い流れを実現できることを実証してきました。 また、これを用いて空中で特定の匂い源から出る匂い物質を特定のユーザに輸送することが可能であることを実験的に明らかにしました。
従来のジェットやファンを用いた流れで装置から離れた場所でこのような細い流れを作ることは難しく、遠方で収束させることができるという波動の特性が活かされています。 なお、波動場の設計の自由度を考えると上記の流れおよび応用はまだごく一部にとどまっていると考えられるため、多様な流れ場の実現および新規な応用の開発を目指しています。

超音波ベッセルビーム 水蒸気の流れ
(左)円錐波面を持つ超音波ベッセルビーム (右)音響流に乗って流れる水蒸気

関連文献:
・Keisuke Hasegawa*, Hiroki Yuki*, Hiroyuki Shinoda; "Curved Acceleration Path of Ultrasound-Driven Air Flow," Journal of Applied Physics, 125, 054902, 2019. https://doi.org/10.1063/1.5052423 (* denotes equal contribution).
・Keisuke Hasegawa, Liwei Qiu, Hiroyuki Shinoda, “Midair Ultrasound Fragrance Rendering,” IEEE Transactions on Visualization and Computer Graphics, vol. 24, no. 4, pp. 1477-1485, April 2018. http://doi.org/10.1109/TVCG.2018.2794118.
・Keisuke Hasegawa, Liwei Qiu, Akihito Noda, Seki Inoue, Hiroyuki Shinoda, “Electronically Steerable Ultrasound-Driven Long Narrow Air Stream”, Applied Physics Letters, 111, 064104, 2017. http://doi.org/10.1063/1.4985159,(Highlighted as APL Editor’s Picks for the week of August 20, 2017.)


構造化音場による環境内への情報埋め込み

細かく空間的な位相分布を制御された波源により空中に特定の波動場を作ることが可能です。 この原理に基づき、振幅が特定の空間分布を持つような波動場を生成することで、波動場の観測位置に応じて観測信号が狙い通りに変化するという状況を作ることができます。 観測信号と観測位置が対応付けられるような波動場を設計することで、単一のマイクロフォンを搭載したデバイスが自己定位を行うことができます。 1次元の振幅勾配を持つような三次元立体波動場をフェーズドアレーによって生成し、数mm程度の空中自己定位が可能であることを明らかにしました。 また、ベッセルビームを空中で操作することにより三次元定位を行う原理についても提案しています。 波動場の形で空中に様々な位置情報を埋め込み、これをデバイスが読み取るという情報環境は、デバイスの自己定位の他、美術館などの展示品の付近に説明用の書き換え可能な情報を埋め込んでおき、これを読み取り用のデバイスを用いてゲストが読み取るなどといった応用が考えられます。

1次元振幅勾配を持つ波動場による定位 ベッセルビームの走査による定位
(左)一次元振幅勾配波動場(上:理論値 下:実測値)および定位結果
(右)ベッセルビームによる2自由度定位

関連文献:
・Keisuke Hasegawa, Hiroyuki Shinoda, Takaaki Nara, "Volumetric Acoustic Holography and its Application to Self-Positioning by Single Channel Measurement," Journal of Applied Physics, vol. 27, no. 4, 244904, 2020. DOI:10.1063/5.0007706.
・Keisuke Hasegawa, "Indoor Self Localization of a Single Microphone based on Asynchronous Scanning of Modulated Bessel Beams," in Proc. SICE Annual Conference 2019, pp. 142-147, Sep. 10-13, 2019, Hiroshima, Japan.

触覚情報システム

ヒトの感覚機能のうち全身にくまなく存在する感覚が触力覚であり、視触覚に比べてメカニズムに不明な部分が多く、応用的にも未開な部分が多く残されている魅力的な研究分野です。 言い換えれば「触力覚で何ができるか」「触力覚が環境の情報を得ている仕組みはどういうものか」ということですが、 例えば「触力覚で文字が直感的に読めるか」という問いに対し、筆記動作を行う際の指の動きを外力により強制的に体験させることでかなり早く正確に文字を認識することができることを明らかにしました。現在の職力覚的読字法である点字などとは異なり、晴眼者がほとんど訓練無しに利用できる手法であるところに独自性があります。
また、上述のフェーズドアレーによって超音波のフォーカスを皮膚上に作ることで皮膚を振動させ、これにより触覚刺激を作り出す「空中超音波触覚ディスプレイ」は大きな盛り上がりを見せている研究分野ですが、従来の刺激法である超音波の強度を時間的に変化させることで振動感を生む方略(Amplitude Modulation: AM法)とは異なり、一定の強度の超音波焦点を皮膚の上で細かく移動させる方略(Lateral Modulation: LM法)により、物理的な超音波強度では説明できない程度に主観的な刺激強度を向上させることができ、従来法では難しかった有毛部(毛のある皮膚。ヒトの前身の大部分を占める)への知覚可能な刺激を実現できることを明らかにしました。これにより、全身を対象とした空中超音波触覚刺激の可能性が示されました。

触力覚による読字システム
(左)強制運筆動作に基づく読字システム  (右)LM法による知覚閾値低下

関連文献:
・Ryoko Takahashi, Keisuke Hasegawa, Hiroyuki Shinoda, "Tactile Stimulation by Repetitive Lateral Movement of Midair Ultrasound Focus," IEEE Transactions on Haptics, vol. 13, no. 4, pp. 334-342, 2020. DOI:10.1109/TOH.2019.2946136.
・Keisuke Hasegawa, Tatsuma Sakurai, Yasutoshi Makino, Hiroyuki Shinoda, “Character Reading via Stylus Reproducing Normal Handwriting Motion”, IEEE Transactions on Haptics, vol.9, no. 1, pp. 13-19, Jan.-March 2016. doi:10.1109/TOH.2016.2517625