menu English



逆問題の直接解法

因果律を逆向きに遡り,結果から原因を推定する逆問題に対し, 推定したい所望の量を観測データにより直接再構成する解法を導出しています. 通常,観測データと順問題解の自乗誤差を最小化するよう,反復計算により解を求めますが, 本手法では,因果律を逆にたどるメカニズムを完全に明らかにし,逆問題の解を観測量で陽に表現します. 逆問題の理論的基盤を与えるだけでなく,非線形最適化に必要な初期解を与えることができ, また不安定性の評価に用いることができるという実用的意義もあります. 主要な項目は以下の通りです.

・磁場源定位:空間中に生じている磁場のソースを磁気双極子とみなし,その三次元位置を推定する逆問題には, 非破壊検査における強磁性体構造物内部の欠陥,雪崩埋没者探索用ビーコンの位置推定など広範な応用があります. この問題に対し,空間中の一点における磁束密度とその勾配テンソルを計測することで, 磁気双極子位置を再構成する公式を導出しました. 空間微分の計測を工夫することで,空間中の一点においたコンパクトなセンサにより, 通常の様にセンサアレイを用いることなく磁場源位置を同定することができます.

磁気双極子の定位

詳しくは:
T.Nara, S.Suzuki, and S.Ando: A closed-form formula for magnetic dipole localization by measurement of its magnetic field and spatial gradients, IEEE Transactions on Magnetics, Vol. 42, No. 10, pp. 3291-3293, 2006.

T.Nara and W.Ito: Moore-Penrose generalized inverse of the gradient tensor in Euler's equation for locating a magnetic dipole, Journal of Applied Physics, vol. 115, 17E504, 2014.

・複数の電流双極子の定位:脳内の神経電流源を複数の電流双極子でモデル化し,頭部周辺で観測した磁場から, 方程式の根として位置を推定する手法を導出しました.観測データの荷重積分から構成されるハンケル行列の性質を用いて, 双極子の個数も同定できます.

電流双極子の定位

詳しくは:
T.Nara, J.Oohama, M.Hashimoto, T.Takeda and S.Ando: Direct reconstruction algorithm of current dipoles for vector magnetoencephalography and electroencephalography, Physics in Medicine and Biology, Vol. 52, pp. 3859-3879, 2007.

・電気特性再構成:物体中の導電率・誘電率を,高周波磁場データと境界値を用いて陽に再構成する公式を導出しました. 人体内部の電気特性再構成に用いることができます.

MREPT:再構成公式

詳しくは:
T. Nara, T. Furuichi and M. Fushimi, An explicit reconstruction method for magnetic resonance electrical property tomography based on the generalized Cauchy formula, Inverse Problems, vol. 33, 105005, 2017.

脳磁場逆問題:てんかん焦点同定への応用

人間の頭部表面で電位もしくは磁場を観測し, 脳の内部のどこに神経電流が流れたかを推定する問題は 脳波(Electroencephalography: EEG)逆問題,脳磁場(Magnetoencephalography: MEG)逆問題と呼ばれます. 重要な応用として,てんかん焦点の非侵襲的な同定があります. 現在,臨床で主に用いられているのは等価双極子推定法ですが,病巣の異常電流源を一個の双極子で表すこの手法では, てんかん焦点の中心位置はわかっても,病巣の形状や広がりがわからないという問題がありました. 切除手術が必要となる難治性てんかんの場合,ソース領域形状の同定が重要です.
これは数理的には,脳という複雑に折りたたまれた曲面上の領域を決定する問題となります. 我々は,脳の表面を球面に写像することで,皮質表面にあるてんかん焦点の領域を同定する手法を開発しました. これにより病巣の中心位置だけでなく,形状や広がりまで同定することができます. 本研究は,広島大学医学部,東京大学附属病院てんかんセンターと共同で進めています.

てんかん焦点の同定:従来法と提案法 てんかん焦点の同定:従来法
(左)てんかん焦点を双極子でモデル化する従来法(赤矢印)では病巣の中心位置しかわからないが,提案法(青)では領域形状まで同定できる. (右)従来法:L1ノルム+Total Variation最小化を用いたイメージングアプローチによる推定解.電流源があちこちに分散してしまっている. (広島大学医学部 橋詰 顕氏, 飯田 幸治氏, 栗栖 薫氏との共同研究)

MRIを用いた人体内部電気特性の三次元画像化

がん細胞は導電率や誘電率が健常組織と比べ大きく異なることが知られており, 通常の構造画像とは異なる電気特性の三次元画像化は,がん診断の新たなモダリティとして大きな期待を集めています. 従来法では,電気特性の空間的変化は緩やかであるという仮定が必要だったため, がん組織と健常組織の境界という,本来もっとも知りたい領域で大きな推定誤差が生じる問題がありました. これに対し,我々は,MRIで計測される人体内部の高周波磁界をもとに, まず人体内部の電場を求め,電磁界の比により電気特性を推定する手法を導出しました. 観測データで推定対象が陽に書き下せるという直接解法は,数理的に美しいというだけでなく, 電気特性が急激に変化している点も含め人体内部のすべての点での導電率・誘電率の値が 観測データから計算できるという有効性ももっています.
MREPT:提案法 MREPT:従来法
(左)提案法による導電率推定結果. (右)従来法による導電率推定結果.

本研究について, 以下の招待講演で解説しています.
Industrial Applications of Complex Analysis
(Isaac Newton Institute, Univ. Cambridge):主に二次元問題.
Inverse Problems and Nonlinearity 2021
(Helsinki, online conference):主に三次元問題.

瓦礫埋没者探索

地震災害が起きたとき,瓦礫に埋没した人を迅速に発見し救助することが求められます. そこで,殆どの人が持っているスマートフォンのセンサを用い,自己位置を推定して救助隊に知らせるシステムを開発しています. 携帯通信端末の自己位置推定には,屋外であればGPS,屋内であれば無線LANの電波がよく用いられますが, 瓦礫に囲まれた環境では金属反射の影響が強く,精度の高い定位はできません. そこで本研究では,瓦礫を透過する低周波磁場を用います. 探索隊員は,磁気双極子を回転させることで,空間中に三次元位置の情報を埋め込んだ磁場を発生させます. 埋没者のスマートフォン中の磁気コンパスでこの磁場を計測し,直交検波して回転周波数成分を得ることで 探索隊員から見た位置を推定し,探索隊員に通信で知らせます. 本手法は,屋内中でスマートフォンをもち動き回る人やロボットの推定にも使うことができます.

瓦礫埋没者探索
瓦礫埋没者探索:探索隊員は回転磁気双極子を用いて空間中に磁場を生成する. 瓦礫埋没者のもつスマートフォンの磁気センサを用いてこれを計測し, 探索隊員から見た位置を推定し,探索隊員に通信して知らせる.

詳しくは:
A. Chiba and T. Nara, Three-dimensional localization of a rotating magnetic dipole from the Fourier integrals of its magnetic flux density with acceleration data, AIP Advances, vol. 10, no. 2, 025020, 2020.


非破壊検査用「フーリエ係数を計測するセンサ」の開発

橋脚や配管,原子炉等の保守点検のため, 非破壊検査技術の高精度・高速化が強く望まれています. 非破壊検査には超音波を用いる方法,渦電流を用いる方法, アコースティックエミッションを用いる方法など様々な手法が開発されていますが, 非接触で磁性材料の探傷を行う手法として漏洩磁束探傷法が広く用いられています. 鉄鋼材料を磁化すると,傷や腐食孔位置から外部に磁束が漏洩するため, この漏れ磁場の空間分布を計測することで,欠陥の有無・位置・大きさ等を推定するという手法です。
従来手法では,コイルやホール素子といった磁気センサを アレイ状に並べる,あるいはスキャンすることにより, 漏洩磁束の空間分布を検出し, 磁束(あるいはその空間微分)が最大となる点の直下を 傷位置と判定していました. このため,アレイを用いる場合は多数の精度の揃ったセンサが必要であり, スキャンする場合は時間がかかるという問題点がありました.
我々の研究室ではまず,漏洩磁束の発生源である傷を等価磁気双極子とみなした時, 漏洩磁束の1次フーリエ係数を任意半径の円周で観測することで, 直接傷位置を推定できることを示しました. そしてフーリエ係数を計測するセンサを開発しました(図).
フーリエ係数計測用コイル
フーリエ係数といえば,多数のセンサ出力の荷重和として `計算'するのが通常ですが, 本センサではフーリエ係数を直接`計測'することができます. 2つの平面上センサの中心を重ね出力比をとるだけで, 鋼板の幅方向傷位置,あるいは配管の周方向傷位置が検出可能なことを検証しています.
MFL


詳しくは:
T. Nara, Y. Takanashi, and M. Mizuide, A sensor measuring the Fourier coefficients of the magnetic flux density for pipe crack detection using the magnetic flux leakage method, Journal of Applied Physics, vol. 109, 07E305, 2011.

T. Nara, M. Fujieda, and Y. Gotoh, Non-destructive inspection of ferromagnetic pipes based on the discrete Fourier coefficients of magnetic flux leakage, Journal of Applied Physics, vol. 115, 17E509, 2014.

RFIDタグの位置推定手法の研究

ユビキタスコンピューティングのキーデバイスとして, 様々なものにRadio Frequency IDentification (RFID) タグが貼られています. ここでタグのID情報に加え,タグが存在する位置を検出することができれば, ロケーションアウェアなインタフェースの実現が期待されます. 我々は,低周波(135kHz)タグの位置推定センサ, アルゴリズムの開発を行っています.


135kHzRFIDタグの2次元位置推定 RFID2D
机の上でタグを動かすと, 正方形状に配置された3個のセンサで位置が推定され, IDとともに右画面に表示されます.複数個のタグも時分割で位置推定可能です. 現在,200mm x 200mm の領域内で5mm程度の誤差で推定されています. 薬品瓶や試験管管理などへの応用が考えられます.


RFIDタグを用いた試験管の位置管理 RFID2D
試験管にRFIDタグを貼っておくとIDのみならず位置も把握できます. 現在,25個のタグを約6秒で位置推定可能です.

詳しくは:
A. Chiba and T. Nara, 2-D Localization of Radio Frequency Identification tags from measurements of the weighted integrals of the magnetic flux density, IEEE Transactions on Magnetics, vol. 50, no. 9, 6200808, 2014.

触覚ディスプレイの研究

人間に人工的に触覚を提示するデバイスを触覚ディスプレイといいます. カメラで撮影した遠隔地の映像を視覚ディスプレイで再現するように, またマイクロフォンで録音した遠隔地の音をスピーカで再生するように, 遠隔地の物体の形状,表面粗さなどを触覚ディスプレイで再現することにより, あたかも遠隔地の物の表面をなぞったかのような感覚を生じさせられるわけです. 我々は,10MHzの弾性表面波を変調することで, 指に加わる摩擦を制御し,表面粗さ感を自在に変化させられるディスプレイを開発しています. またそもそも人間は如何に触覚を感じているかについても未解明の部分が多く, 人間の皮膚や,その中にある機械受容器と呼ばれる細胞のモデル化も行っています.
MFL

詳しくは:
T. Nara, M. Takasaki, T. Maeda, T. Higuchi, S. Ando, and S. Tachi, Surface Acoustic Wave Tactile Display, IEEE Computer Graphics and Applications, Vol. 21, No. 6, pp. 56-63, 2001.